【事例解説】長時間の労働時間に対応する固定残業代の合意の有効性

 セレクトショップやファッションブランドの事業を運営するTOKYO BASEが、初任給を月40万円にすることが報道され、話題となりました。この「初任給40万円」、よく見ると、「固定残業代」として月17万2000円/80時間および固定交通費が含まれているとのことですが、このような「月80時間の固定残業代」の定めは許されるのでしょうか。

基本給に割増賃金を含ませて支払うことが適法と認められる要件

 まず、割増賃金(労基法37条に定める残業代等の賃金)をあらかじめ基本給等に含める方法で支払うこと自体は許されます。近時の最高裁判例(例えば最判平成29・7・7医療法人康心会事件)も、時間外、休日及び深夜の割増賃金について定めた労働基準法37条の趣旨について、「労働基準法37条が時間外労働等について割増賃金を支払うべきことを使用者に義務付けているのは,使用者に割増賃金を支払わせることによって,時間外労働等を抑制し,もって労働時間に関する同法の規定を遵守させるとともに,労働者への補償を行おうとする趣旨によるものであると解される」としたうえで、「同条は、労働基準法37条等に定められた方法により算定された額を下回らない額の割増賃金を支払うことを義務付けるにとどまるものと解され,労働者に支払われる基本給や諸手当(以下「基本給等」という。)にあらかじめ含めることにより割増賃金を支払うという方法自体が直ちに同条に反するものではない」として、基本給に割増賃金を含ませて支払うことが直ちに違法となるものではないとしています。

 そして、どのような場合に許されるかについて、前掲最判平成29・7・7医療法人康心会事件は、「割増賃金をあらかじめ基本給等に含める方法で支払う場合においては,・・・労働契約における基本給等の定めにつき,通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することができることが必要」であるとしています。

 労基法37条の定める割増賃金を適切に支払っているかどうかを判断するためには通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とが判別できなければそもそも計算ができないので、このような要件(「明確区分性」)が必要とされるのは妥当と思われます。

 また、割増賃金として支払われた金額が、その労働契約において時間外労働の対価としての性質を有すること(「対価性」)を有することも前提となります。例えば、基本給のほかに「業務手当」という名称で一定の賃金が支払われていたとしても、労働契約上明確に「時間外労働●時間分の対価」などと分かる記載になっていない場合などは、この要件が問題となります。1

固定残業代が予定する時間外労働の時間数があまりに多い場合

 冒頭の例では、「月給40万円、固定残業代月17万2千円/80時間を含む」との労働条件でしたが、この場合、基本給と固定残業代は判別可能ですし(明確区分性)、時間外労働の対価としての性質(対価性)もありそうですので、一見適法な固定残業代の定めとして有効ともなりそうです。

 しかし近時、固定残業代が予定する時間外労働の時間数があまりに多い場合について、固定残業代の合意を無効とする裁判例が散見されます。

 例えば、東京高判平30・10・4(イクヌーザ事件)は、「1ヶ月当たり80時間程度の時間外労働を継続することは、脳血管疾患及び虚血性心疾患等の疾病を労働者に発症させるおそれがあるものというべきであり、このような長時間の時間外労働を恒常的に労働者に行わせることを予定して、基本給のうちの一定額をその対価として定めることは、労働者の健康を損なう危険のあるものであって、大きな問題があるといわざるを得ない」としたうえで、「実際には長時間の時間外労働を恒常的に労働者に行わせることを予定していたわけではないことを示す特段の事情が認められる場合はさておき、通常は、基本給のうちの一定額を月額80時間分相当の時間外労働に対する割増賃金とすることは、公序良俗に違反し無効である」ところ、本件における固定残業代の定めは、少なくともつき80時間に近い時間外労働を恒常的に行わせることを予定したものといえ、現実の勤務状況もそのような長時間労働を恒常的に行わせることが予定されていたことを裏付けるものであり、労働者の健康を損なう危険のあるものとして、固定残業代の定めを無効としました。

 すなわちこの裁判例は、月80時間分相当の固定残業代の定めについて、労働者の健康の面から問題があると指摘し、実際にも80時間近い時間外労働が少なからず生じていたことなどから、月80時間分相当の固定残業代の定めを公序良俗に反し無効としています。

 現在ではいわゆる働き方改革関連法が施行され、時間外労働の時間数が制限されるようになっており、原則として月45時間・年360時間、特別の事情がある場合でも、年720時間以内、時間外労働と休日労働の合計が月100時間未満、時間外労働と休日労働の合計について2~6ヶ月平均がすべて月当たり80時間以内、時間外労働が月45時間を超えることができるのは年6ヶ月が限度、などの定めがあります。

 したがって、「月80時間」の残業は、法の定める「原則月45時間」を大きく超えるだけでなく、特別の事情がある場合(年6ヶ月以内)の「平均月80時間以内」の限界まで定めるものです。すなわち、「時間外労働が月80時間を超える場合は別途支給」となっていたとしても、およそ適法な範囲内で残業する限り、固定残業代を超える残業代が発生しないことになります。これは使用者にとって残業代を含めた賃金が予測可能とはなるものの、最高裁のいう労基法37条の趣旨(「使用者に割増賃金を支払わせることによって,時間外労働等を抑制し,もって労働時間に関する同法(労働基準法)の規定を遵守させるとともに,労働者への補償を行おうとする」(前掲))に反し、むしろ「定額働かせ放題」であるかのようにも見えてしまうため、批判の声があがるのも理解できます。

 また、労災事案ではありますが、大阪高判23・5・25大圧ほか事件は、初任給19万4千円として求人されているが、労働契約は基本給12万32百円及び役割給7万13百円、役割給は80時間の固定時間外労働手当及び固定深夜勤務手当であったという事案について、このような賃金体系は給与条件を実際以上によく見せるためだけに作用するに過ぎず、長時間労働の抑制に働くとはいえないものであって、80時間の時間外労働を組み込んだ給与体系であると評価されてもやむを得ないものと説示しています。

したがって、冒頭の例は、・過労死ラインといわれる月80時間が定められている点、・労基法の定める上限時間の原則時間を超え、特別の事情がある場合のみ許容される上限時間にも近いものである点、・「初任給40万円」を謳い、給与条件をよく見せているとも思われる点に問題があると考えられます。

(投稿者:弁護士水野秀一)


※この記事は一般的な情報、執筆者個人の見解等の提供を目的とするものであり、弁護士法人早稲田大学リーガル・クリニックとしての法的アドバイス又は公式見解を示すものではありません。

  1. この点最判平成30・7・19日本ケミカル事件は、「雇用契約においてある手当が時間外労働等に対する対価として支払われてるものとされているか否かは、雇用契約に係る契約書等の記載内容のほか、具体的事案に応じ、使用者の労働者に対する当該手当や割増賃金に関する説明の内容、労働者の実際の労働時間等の勤務状況などの事情を考慮して判断すべきである」とし、雇用契約に係る契約書、採用条件確認書、賃金規定に業務手当が時間外労働の対価として支払われる旨が記載されていること、被上告人(原告)以外の各従業員との間で作成された確認書にも業務手当が時間外労働等に対する対価として支払われる旨が記載されていたことから、賃金体系において、業務手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものと位置づけられており、さらに、業務手当の金額が被上告人(原告)の実際の時間外労働等の状況と大きく乖離するものではないことから、「業務手当」の支払いをもって、被上告人(原告)の時間外労働等に対する賃金の支払いとみることができると判断しています。 ↩︎
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